Makaton Regional Tutor Training Course に参加して

旭出学園教育研究所 齋藤 愛子

 

 201794日~8日に、イギリスのサリー大学で開催された“Regional Tutor TrainingCourse”に参加させていただきました。

 渡航経験がほとんど無く、英語が大の苦手な私にとって、一人でイギリスに行くこと自体、未知の世界へ飛び込むような気持ちでした。眠れないまま12時間のフライトを終え、初めて足を踏み入れたヒースロー空港は、土曜日の夕方らしく、家族づれでにぎわっていました。翌日にマカトン法の創始者であるマーガレット・ウォーカーさん(以下、マーガレットさん)と会食を予定していたため、休息をとろうと足早にホテルへと向かいました。

 ホテルに到着し、部屋のベッドに横たわっていると、あまりにも静かで、本当にここがイギリスなのか分からなくなるほどでした。しばらくまどろんでいると、突然、部屋の電話が鳴りました。受話器を取ると、電話の交換手が「イアンさんという方から電話がきています。代わりますね。」と言いました。

 寝ぼけた頭で英語を聴き“あぁ…、ここはやっぱりイギリスだったんだ…。”などと考えていると、受話器の奥から、穏やかな声で「初めまして。マーガレットの夫のイアンです。愛子さんですか?」と聞こえてきました。思わず私は“え?聞き違いかしら?まさかマーガレットさんのご主人が私に電話をかけてくるはずがない。”と驚き、「…あの、私が愛子ですが、マーガレット・ウォーカーさんのご主人ですか?」とおそるおそる確認すると、「そうです、私はマーガレットの夫のイアンです。来て早々申し訳ないのですが、実は、悲しいお知らせがあり電話をしました。メールは見ましたか?」とおっしゃいました。恐縮のあまりベッドの上で正座になり、急いでメールを確認すると、マーガレットさんから『体調が優れないので明日は貴女に会って、サリー大学まで送ることが難しい』という連絡が入っていました。「すいません。今メールを読みました。」と申し上げると、イアンさんは「せっかくマーガレットに会う機会があったのに残念です。明日は我々の知人に頼んで、あなたをサリー大学に送ってもらうことにしました。途中、私たちの家にもぜひ立ち寄りなさい。マーガレットもその時には体調が回復して会うことはできるかもしれません。」と、おっしゃいました。私は、マーガレットさんの体調がよくなることを祈りつつ、マーガレットご夫妻の優しさにただただ感謝し、お礼を言って電話を切りました。

 翌日曜日、マーガレットご夫妻のお心遣いで、マーガレットさんのご友人であるマウリーンさんが、空港近くのホテルまで迎えに来てくださいました。

 マウリーンさんは、ホテルのロビーで“
AIKO”と書かれた紙を持ち、こちらに手を振ってくだいました。マウリーンさんの笑顔を見た途端、ほっとして緊張が解けたことが昨日のことのように思いだされます。その後、マーガレットさんのご自宅に立ち寄りました。玄関わきの庭では、赤い木の実と赤褐色の葉が初秋の雰囲気を醸し出していました。アイボリー色のドアを開けると、イアンさんが優しい笑顔で出迎えてくれました。そして、私の拙い自己紹介にも優しく耳をかたむけてくださり、研修の参加を激励してくださいました。そして、マーガレットさんは、体調が回復せず未だ2階の寝室で休んでいるとのことでした。私は、お礼に握手をしようとイアンさんに近づこうとすると、イアンさんは「実は私も感染症にかかっています。明日からの研修に支障をきたすといけないから近づいちゃだめだ。」と言いました。イアンさんご自身も体調が良くない中、私を暖かく迎えてくださったことに、“なんとしても研修をパスしなければ…”と身が引き締まりました。マーガレットさんには、結局直接お会いすることはできませんでしたが、マーガレットさんのご自宅にうかがい、イアンさんと直接お話出来たことは、私にとってたいへん貴重なひと時でした。

 その後、英国マカトン協会のシェリーナ先生が、サリー大学構内にある学生寮まで送ってくださいました。研修会場となるサリー大学に到着したのは確か夕方3時頃だったと記憶しています。

 

― MAKATON Regional Tutor Training Courseとは ―

いよいよ研修初日、朝食をとりに構内の食堂へ向かうと、すでに研修の参加者が集まり、コーヒーを片手にマカトンサインの練習に励んでいました。飛び交う英語に戸惑いながらも、何とか自己紹介をすると、講師であるシニアチューターのトーマス先生とヘーゼル先生が、「あなたが愛子ね?困ったことがあったら何でも言ってね。絶対大丈夫!」と力強く励ましてくださいました。

――― ところで、現在、イギリス国内で開催されているワークショップは、主に親御さん向けのコースと、専門家(仕事でマカトンを使う人)向けのコースとに分かれています。私が参加したRegional Tutor Training Courseは、専門家向けのコースであり、各地でマカトンのワークショップを開いたり、マカトンを使う他の専門家に助言を行ったりするためのプログラムです。

参加者の人数や職種は、開催地や開催時期によりさまざまですが、私が参加した時は、イギリス全土から15名が参加していました。参加者の多くは、療育に携わる支援員や特別支援学校の教員、言語聴覚士でしたが、数名ほど、障害のある子どもを育てながら療育機関で働く親御さんもいました。

シニアチューターとコースの参加者は、サリー大学の学生寮に滞在し、寝食を共にしながら、5日間、講義と実技を通してマカトンについて学びます。

5日間の研修日程は、最初の2日間がイギリスのマカトンサインの練習及びテストと、マカトン法の概論でした。3日目が、マカトンシンボルを描く練習及びテストと、シンボルについての講義、そして、4日目には模擬ワークショップが開催されました。

ちなみに、イギリスのマカトン法は、選ばれている語彙(核語彙)が日本のものとは大きく異なります。イギリスの核語彙は、日本より多く約450 語です。その中には、たとえば、ポテトチップスやチョコレート、ワイン、シリアル、紅茶のような日本の核語彙にはないような食べ物の語彙や、ナマステなどの挨拶、そして、プリンスやプリンセスといった王室関係の語彙もあります。日本のマカトンサインにも、おにぎりや蕎麦などの語彙があるのと同様に、イギリスのマカトン核語彙も、文化的な影響を強く受けて語彙が選ばれているのです。

 

― より伝わるマカトンサインを求めて ―

94日月曜日、いよいよ最初の講義が始まりました。そこで、私は、シニアチューターの出すマカトンインに衝撃をうけました。とにかく、サインが、美しく、分かりやすかったのです。

《このような写実的なサインの秘訣は何だろうか?》と疑問に思っていると、シニアチューターが、ホワイトボードに、“Chereme/s”と書き出しました。私は、この英単語を見たことがありませんでした。焦る私をみてトーマス先生が、「サインを出すときに一番重要なことです。」と教えてくれました。急いで辞書をひくと、辞書には、手話の(もと)と書いて“手話素”という日本語訳が載っていました。“Chereme/s”は、サインを出す際のポイントを意味していたのです。

Chereme/s”には5つのポイントがありました。まず、① Location ―サインを出す位置、② Orientation ―サインの方向、③ Hand shape ―手の形、④ Movement ―動き、そして、⑤ Facial Expression ―表情です。

 研修中、“Chereme/s”の中で、特に難しいと感じたのが、“Location ―サインを出す位置”でした。それまで私は、サインは、基本は胸の前あたり、下は腰辺り、上は頭上で出すものだと思っていました。ところが、イギリスでは少々異なりました。

ある時、シニアチューターが、参加者に「じゃあ皆、“何時”というフレーズを、“What”というサインを使ってどう表現しますか?」と問いかけました。私を始め、他の参加者は、全員、何のためらいもなく、胸の前でサインをだしました。

すると、トーマス先生は、「君たち“その”時計はどこにありますか?」と言ったのです。そして、「相手と一緒に見ている時計が、腕時計だったら腕の上でサインを出すべきだし、もし、壁掛け時計だったら時計に向かってサインを出すべきだ。」と続けました。それを聞き、私たち参加者は、「なるほど…。」と互いに顔を見合わせました。サインを出す状況をふまえながら、サインを出す位置にこだわることで、より写実的にサインを表現できることを教えていただいた瞬間でした。

また、研修中、シニアチューターは、私に、「表情は大げさなくらいがちょうどいいよ。マカトンサインを使う時に、表情の事を意識したことはないかもしれないけれど、自分が考えるより、表情は大切と思ったほうがいい。特に、悲しい・辛い・疲れたといったマイナスの感情は、大げさなくらいがちょうどいい。なぜなら、辛いとか悲しい、疲れたという言葉は、楽しいとか嬉しいというプラスの感情に比べて、子どもにとって我慢すべき感情としてとらえられがちで、子どもが身をもって経験する機会が次第に減り、意味概念が習得しづらい語彙だからね。」と忠告しました。このアドバイスを受けて、周りの参加者とともに、今にも泣きそうな顔でサインを出したり、怒った表情でサインの練習に励んだりしたのは良い思い出です。

 このように、研修では、マカトンサインの出し方1つをとっても、新鮮で、たいへん勉強になる事ばかりでした。

 

― Regional Tutor trainingの山場 “模擬ワークショップ”の開催 ―

研修の4日目に、模擬ワークショップが開催されました。参加者51組になり、講師役と参加者役とに分かれ、1日がかりで日本での基礎1に相当する内容の講義と実技を行います。当然、講義には英語の原稿を用意する必要があるのですが、私は、現地で模擬ワークショップの原稿を書くのは、自分の英語力の無さから無理だと感じ、各講義の原稿のうち殆どは事前に書いておきました。

ところが、模擬ワークショップの前日、自分の担当箇所をみて愕然としました。原稿を事前に準備していかなかった講義が私の担当となってしまったのです。慌てながら、隣の席のイリーさんに助けを求めたところ、彼女は「今夜私の部屋に来て。原稿をみてあげる。」と言いました。イリーさん自身も原稿を書かなければならないはずなのに、彼女は、なんのためらいもなく、夜中の11時まで私の原稿を添削してくださいました。もうなんとお礼を言っていいのかわからず、ひたすらありがとうと言うと、イリーさんは、「自分もアラビア語を勉強していて、アラビア語圏に行った時に言葉が通じずに非常に困った。だから助けた。それだけだよ。」と言いました。その言葉に思わず泣いてしましました。見ず知らずの日本人に、救いの手を差し伸べてくれたイリーには、本当に感謝しかありません。

 模擬ワークショップ当日は、拙い英語で講義する私に対し、同じグループのメンバーは常に“大丈夫だよ。そのまま続けて。”と励ましてくださいました。講義中、英語の表現に困ると、メンバーはマカトンを使いながら、英語の言い回しを教えてくださいました。 

 

このように、周りの参加者や先生方は、常に、マカトンサインやシンボルを交えながら、言語の壁を乗り越えようとしてくださいました。

マカトンサインやシンボルが、障害の有無に関わらず、言語とコミュニケーションの手助けになることを、私は身をもって経験したように思います。



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