随想

ISAACデュッセルドルフ大会に参加して

松田祥子


AACの世界組織ISAACの大会は2年置きに開かれます。2006年夏、デュッセルドルフ大会に参加するためドイツを訪ねました。世界各地から700人が参加し、200に及ぶ研究発表がありました。

大会には障害者(主にいろいろなコミュニケーション・エイドを使って発言し、交流する人達)が多数参加します。

会場はライン川沿いのコンベンション・センター。

ヨーロッパを貫流する大河のラインも中流域のこのあたりでは想像していたほど川幅は広くはなく豊かな水量でゆったりと流れていました。前の週までの猛暑からやっと涼しいドイツの夏にもどった河畔に市民がデッキチェアーを持ちだして憩っています。そんな中にセッションの合間に車椅子の人たちが混じるという風景が見られました。

この大会は12回目なので、AACの理念をうたいあげた第1回から 24年が経っています。いま、AACAugmentative and Alternative Communication)という難しい専門語は障害児・者に関わる人たちの間では普通名詞のように使われています。そしてこの大会の国際色豊かな参加者が、思想としてのAACがいまや先進国だけでなく広く世界的に理解され受け入れられてきていることを物語っていました。

そしてめざましい技術の進歩。機器メーカーのブースにはIT技術の急速な進歩を反映した最新のエイド機器が並んでいました。一方、研究発表ではこのハードの進歩に併行してソフト面の開発・改良への目新しい提案が数多く出されていました。

こうして障害者にとって使いやすい機器の開発は今後もどんどん進むでしょう。しかし、そうなればなるほど高度化する機器、従って高価な機器を誰もが利用できるようになるためには、公的な経済的補助や支援がより一層必要になっていくという現実が浮き彫りにされてきます。それが福祉先進国においても直面する大きな課題になっていると感じた次第でした。

啓蒙活動はまだまだこれからも強めていかなければならない、それがこの大会の真のメッセージだったのではないかと考えます。

帰路、鉄道で延々と続くモーゼル川沿いのぶどう畑地帯を抜け、ルクセンブルグに立ち寄りました。

素朴でメルヘンティックな図柄の中に洗練された感覚がただよう陶器、ビレロイ・ボッホを作り出す国として一度は訪ねたいと思っていながら果せなかった憧れの町です。

深い谷に囲まれた岩上の要塞都市。小さな町は小さな王国(神奈川県サイズの面積に46万人)の唯一の都会(8万人)で、それは思い描いていた通り中世に迷い込んだような美しい景観と町並みでした。

ビレロイ・ボッホの店では伝統の牧歌的な図柄の器は確かにあったのですが、棚の大半を占めていたのは見たこともないような超モダンなデザインの品々でびっくり。

しかし、すぐこの小さな国がヨーロッパの金融センターの地位を確立していて、個人の所得レベルは世界一という豊かな国となっているその秘密を見たような気がしたのです。絶えざる革新へのすさまじい意識というようなものがこの国の底流にながれているのではないかと。

翌朝、ホテルでの新聞は世界の経済界を揺るがせていた買収劇が決着し世界最大の鉄鋼会社が生まれたこと、そしてその本社がこの町に置かれることを報じていました。

世界の敷居がどんどん取り払われていく国際化の時代を泳ぎ抜く国の姿がありました。

それにしても誰もが英仏独語を流暢に操る国というのはなんとまぶしいことでしょう。

高速列車TGVでパリに出て、そこからロンドン行きのユーロスターに乗ります。この鉄道の旅もかねて念願としていたものでした。

かってはドーバー海峡をフェリーで渡る一日がかりの旅程でしたのに、車内で出たシャンパンのグラスを空ける間もなくトンネルの暗がりの中でドーバーを越えていました。ロンドン在住の頃パリからの帰路、船の上から次第に大きくなってくる白い崖のイギリス海岸を前に、帰ってきたとほっとする思いが満ちたあの気分は、もう遠い遠い昔のことになったことを、25年の歳月の経過とともに改めて確認したのでした。

さて、この25年の間に日本でも教育・福祉の世界でマカトンの名を知らない人は少なくなりました。

しかし、マカトンがサイン・シンボル・ことばのマルチモーダルな手法であること、そしてなによりも言語発達をうながすための言語指導法であることについて、充分な理解が得られていると言えるのかどうかを考えます。

残念ながらまだまだという答えが返ってきます。

マカトンは言語理解を助け、言語スキルを発達させるコミュニケーションの基盤づくりに対応するものです。

AACの技術と機器の進歩で意志の伝達手段が確保されていけばいくほど、その上に築くことができるようになるコミュニケーション能力の開発と促進への要請はますます強まっていくでしょう。

マカトンは生まれながらにことばの代替手段としてのAAC性と言語指導法の二面を兼ね備えています。時代の要請にふさわしい手法といえるでしょう。

「マカトンによって社会との相互交流が促され、社会との関係構築に役立ち、ひいては社会の機会平等の増進に寄与することを確信しています」とマカトンの創始者マーガレット・ウォーカーさんは言っています。

パリもロンドンも正に溢れ返るような多様な人種と民族のるつぼでした。

世界的な好景気を反映した観光客の多さもありましたが、そればかりではなく、EC諸国でここ数年目立ってきた移民による多民族・多人種国家化という現実にもよるものです。

英国で母国語が英語ではない移住者や国内の異文化集団に属する人たちの同化にマカトンが大きな役割をになうようになってきているというのもうなずけるところです。

やがてはこれが日本の問題にもなっていくのでしょうか?

大きな変化の流れ、それに対応するマカトン。その想いが頭から離れない旅でした。











マカトンのブースで

                         バックナンバー

ホームへ