寄稿・英国研修報告

2020.11.30

寄稿

寄稿 「マカトン法との出会い」

礒部美也子(奈良大学社会学部心理学科 教授/ 日本マカトン協会 副代表)

 私がマカトン法に出合ったのは、県内の児童相談所の心理判定員をしていたときです。私が児童相談所に就職した頃は、大津市をはじめ、いくつかの市には発達相談をする心理職がおられ、療育教室も始まっていました。しかし、他の市町村には常勤の心理職がまだいなくて、乳幼児健診の事後指導といって、児童相談所の児童福祉司と心理判定員が各市町村を巡回相談に回ったり、療育にもスタッフとして参加していました。また、児童相談所で障害児の療育(グループ指導)も行っていました。

 その後、各地域に療育教室ができ、児童相談所で療育をすることはなくなりましたが、発達の遅れや自閉症に伴うことばの相談、構音障害など、個別に言語指導を希望されるケースは多くありましたので、その担当を私がしていました。県内にはまだ学校にことばの教室が少なかった頃です。

 ある時、児童相談所に通っていた自閉症の子どものお母さんが、マカトン法というのがあると聞いたが、うちの子にどうだろうと言ってこられました。まだ、私はマカトン法について知らなかったのですが、ちょうど時を同じくして、日本聴能言語学会(現日本コミュニケーション障害学会)の当時私も委員であった特別部会で、マカトン協会から講師を招聘してワークショップをすることになりました。私もマカトン法について勉強し、サインの実技指導も受けることができました。まさにタイムリーな縁でした。
 早速、習ってきたマカトンサインをその子に指導し始めました。実は、その子は発語がなく、自閉症とともに知的障害も重度で、課題に応じてずっと着席していることもなかなかできない状態でした。最初は、サインの習得が難しいのではないかと思っていたのですが、やってみると、まず私のするサインを見て、そのサインを正確にはできずとも、模倣するようになりました。その後練習したものの絵を見ると、命名するように自分からサインで表現するようになりました。
 指導中の絵だけでなく、会話の中で特定のサインに限りますが、自発的にサインで私に訴えてくるようにもなりました。たとえば、学習中に<おやつ><家>のサインを連続してするので、  「そうそう、おやつは家に帰ってからな」とサインをつけて返事をすると、納得してまた学習を続けます。以前のように、突然立って部屋を出ることはなくなりました。待合室では、私の顔を見て、
<木><ダメ>とサインしながら観葉植物の葉っぱをちぎりたいのを我慢していました。

その後、いろいろな子どもたちや大人にもマカトンを使ってきました。

*重度の知的障害がある
*理解はよいけれども発語が難しい
*話すようになったが発音不明瞭で通じにくい
*自閉症で発語がなく、やり取りが難しい
*ダウン症とわかった1歳児
*片マヒがあって発語も難しいけれど、片手でサインできる 等々

習得度やスピードはそれぞれですが、どの子もコミュニケーションがとりやすくなりました。中には、音声言語を習得してサインは不要になった子も多くいます。いずれことばが出てくるタイプの子どもでも、前言語期にサインを使うことには、伝わる喜び・やりとりの楽しさを経験し、コミュニケーションの意欲を育てるという意義があると思います。他にも、サイン模倣が上手になって音声模倣も出てきたり、ことばの理解が促されることもあります。

 マカトン法に魅力を感じ、指導事例を増やす中で、日本マカトン協会から英国のマカトン本部の講習会に派遣していただき、日本でのワークショップの講師資格も得ることができました。今は普及に努めています。  マカトン法は言語指導法ではありますが、対象となる人にサインやシンボルを一方的に教えるというよりは、周囲の人がサインやシンボルを使ってその人と楽しくコミュニケーションすることが大切です。周囲の人が使ってこそのコミュニケーション指導であり、言語・コミュニケーション指導は、指導者と対象者の共同作業であることをマカトン法から学びました。

 児童相談所を退職してからも、マカトン法が有効と認めてくださった学校や療育教室で指導の機会をいただいたり、個別に指導をすることもあり、マカトン法は私の発達臨床におけるライフワークとなっています。